再び岡崎図書館事件の件で。
こことか
こことかで、法律家の側からの事件分析が的はずれであるということでいろいろ叩かれてますが、元法学部の立場から一言。
日本の法律家ってのは(ごく一部の例外を除いて)
事件を過去の判例に当てはめる以外の議論が許されない人々なのです。
まあこれは日本の裁判において、事実上判例変更が最高裁においてのみ許された権限であり、下級審や警察・検察等その他の刑事事件を扱う機構は全て「過去の判例に従って動く」ことしか許されない、という点が原因なんですが。
今回の例みたいに、おそらく「過去の判例に適切に当てはまる」ものがないと思われるケースの場合も、実際問題として
本当の意味で「過去の判例に適切なものがない」と判断できるのは最高裁だけなので、本人も薄々「これはちょっと外してるかもわからないなぁ」と思いつつも、無理やり「似て非なる判例」に当てはめて類推するしかない(というかそれしか許されない)、というのが実情なんです。
おそらくは愛知県警も、岡崎市立中央図書館から被害届が出た段階で、過去の「似て非なる判例」に無理やり本事件を当てはめてしまったせいで、最終的に(個人的には本来は不必要だと思う)逮捕につながったんだと思います。
これに対し「過去の判例への当てはめ方が不適切」という意味で批判が出るのは当然だと思いますし、私も開発者の立場では「こんなんで逮捕されていてはたまらない」という意味でその批判には同意します。ただ法律家の立場からすると、本当に「当てはめ方が不適切」だったかどうかは、今後類似の事件が実際に起訴され法廷に持ち込まれて判決が出るまではわからない、と答えるしかないでしょう。
昔
この記事でも書きましたけど、法律家ってのは本当に良くも悪くも「判例に従ってしか動けない」人種なので。
「漫画等の図版の引用」だって、今でこそいわゆる
脱ゴーマニズム宣言事件で「一定の条件や様式を守れば文章同様に引用が可能」って判例が出て、ある程度自由に引用ができるようになってますけど、以前は法律上は図版の引用を規制する文面なんて一切ないのに「判例がない」って理由だけで、出版社側の「図版の引用は一切不可」って主張が事実上まかり通ってたわけで(判例が出た今になっても、出版社側は主張を変えてませんが)。
実際、雑誌なんかで今でも時々グラフ等に「~の文献を元に当社で作成」って脚注が付いてるのは、「『引用』って書いてしまうと文献の著作者に訴えられる」から「わざわざ同じものを独自に作り直す」という編集部・ライター側の(ある種無駄な)防衛策です。
なんで技術屋の立場からすると、法律屋の意見がものすごくおバカに聞こえる部分があると思いますが、それは法律屋の立場上仕方ないってことで大目に見てあげてください、ってのが結論です。