しつこいかもしれませんが、「立法論」絡みの話をもう少し。
私個人は、いくら東大法学部出身といっても所詮現在は法律の現場から離れているので、このへんの話をいろいろ語っているページをいくつかご紹介。
解釈論(As Is)と立法論(To Be)について(ITmedia・栗原潔のテクノロジー時評Ver2)
法解釈論と立法論
個人情報「過」保護の見直し(5):立法論か解釈論か(Yahoo! オンビジネス)
第1部 記念スピーチ「市民が法をつくること」(市民立法機構)
ただ一つ言えることは、「
日本の法学教育は三権分立を必要以上なまでに意識しすぎている」ということに尽きるでしょう。
確かに裁判官・検事・弁護士とかいわゆる「司法」業務に就く方々は、「既にある法律をどうやって運用し、具体的な事件に当てはめていくか」が業務であって「法律を作る・変える」ことは基本的に業務ではないですから、そういう人々を養成するという観点からは「立法論を排除して法解釈論のみを教える」のは有効だと思います。
ただそれを「司法」業務に直接携わらない人間、特に政治家や政策秘書のような直接「立法」業務に関わる人々、また官僚のように建前上は「行政」業務といいつつも、内閣提出法案のような形で実質的に「立法」業務に関わる人々にまで押し付けるのはいかがなものかと。
また現実には、国会議員になるような方々には元弁護士の方なんかも多いわけで。そういう場に出る際には当然立法論的な知識って必要だと思うんですが、それを全く学ばないで国会の場に出てくるから、つまらん法解釈であれこれ議論を長引かせてる気がするんですよねぇ。つまらん解釈論やってる暇があったら、とっとと議員立法法案で法律変えたほうが話が早いんじゃないの?という場面はしばしばニュースで見ます。
それなのに日本の法学教育は良くも悪くも「司法要員養成」のための教育であり、天下の東大法学部ですら立法論的教育を行うような授業は(少なくとも学部レベルでは現在も)ほぼ皆無です。私自身は一応政治コースってものを選びましたが、そこで教えるのは実質的に過去の政治史だけでしたし(なので途中で私法コースに移った)。
個人的には「さすがに東大まで行けば立法論的なことを教える授業があるだろう」と思って大学に入ったので、正直実情を知ったときはショックでした。まあ今となっては、それで大学の授業にほとんど出なくなってインターネットにどっぷり浸かったおかげで今のようなプログラマへの道を歩みだしたので、それが良かったのか悪かったのかはわかりませんが。
なんか岡崎図書館事件からずいぶん離れた話になってしまいましたが、とにかく言えることは
・日本の「法律家」のほとんどは、既にある法律・判例を元に事件を解釈する「判例解釈家」でしかない
・「判例解釈家」は立法論をとにかく嫌う
・しかし現実には法と判例の解釈論だけでは解決できない問題が存在し、立法論と法・判例解釈論が混在する場面が多々出てくる
ということを踏まえ、法律家と議論する際は以下の3段階のうちどのレベルで議論するかを最初に決めておくべきだと思います。
・とにかく既存の法律・判例の範囲内で想定される結論を議論するもの(「判例解釈論」とでも名づけますか)
・既存の法律をベースとするが、判例については既存の判例に囚われないもの(判例に囚われないという意味で「『法』解釈論」とします)
・法律自体も既存のものに囚われないとするもの(まさしく「立法論」です)
場合によってはこれに「憲法自体も既存のものを変えても構わないとする」(「憲法改正論」?)を加えて4段階にする必要があるかもしれません。
この前提なしに素人が法律家と法律について議論すると、間違いなくかみ合わない結果に終わります。
本当だったら法律家側がこういう前提をきちんと説明してあげるべきなんでしょうが、そもそも法律の専門教育を受けていないと、立法論と解釈論の区別自体非常に困難ですし。なかなか悩ましいところです。