ネットは新聞を殺すのかBlogなんかを読んでいると、例の新潟県中越地震を巡るマスコミ不信の論争から、最近はどうも新聞記者が書くBlogの是非というところにまで話が発展しているようで。
そこで今回は個人的なメモの意味も含めて、ライターとして商業媒体上で記事を書く場合と、このBlog上で記事を書く場合の使い分けについて整理してみることに。
まず私の場合の基本原則は、一言で言えば「
媒体上とBlogで内容の被る話はしない」ことですかねぇ。例えばイベントや講演の取材の場合だと、多いのは
○媒体上
あくまでイベントそのもののレポートを、できるだけ個人の主観を入れずにまとめる
※完全に主観を排除するというのは無理ですから、あくまで「できるだけ」ですが。
○Blog
イベントや講演に対する個人的な感想を、個人の主観丸出しでまとめる
その代わり既にメディアに載っている記事と被る内容についてはあまり踏み込まない
というパターンだと思います。
もちろん場合によっては、媒体に送ってボツになった原稿を「Blogに載せていい」という許可をもらって(注:あくまで媒体側の許可であって被取材者の許可ではない)掲載することもありますし、逆にコラム的な内容の発注を受けたときは個人の感想丸出しで媒体上でレポートを書くこともありますから、必ずしもこの通りになるとは限らないんですが。
あと「ネットは新聞を~」の方のコメント欄で「新聞に載るならしゃべるが個人Blogならしゃべらない、という場合どうするのか」という問題がありますが、このあたりは「被取材者との信頼関係の中でケースバイケースで判断する」としか言いようがないという気がします。
ただ、具体的なケースで考えると、そもそも被取材者に有利な内容(被取材者の意向を正しく伝えている、と言い換えてもいい)の記事であれば、それが新聞だろうが個人Blogだろうが問題になるケースはあまりないと思うんですよ。おそらく、都合により新聞・雑誌等の紙面には載らなかったけど、何らかの形で一般の方に紹介したい、というような形がこのようなケースでは多いと思いますし、そのような状況で被取材者が「個人Blogでの公表は×」という可能性はかなり低いのではないかと。
実際にこのような問題が発生するのは、ほとんどは被取材者にとって不利な内容の記事、あるいは被取材者の言いたいことを誤解して伝えてしまっている記事の場合だと思いますんで、そう考えるとこの問題も、結局は名誉毀損における違法性阻却事由の問題と同じところに結論が帰着するのではないでしょうか。
つまり言い換えれば、「内容が真実である、もしくは真実であると信じるに足る相当の理由がある」かつ「記事を公表することに対する社会的公益性が認められる」ケースであれば、たとえ被取材者が「新聞なら載せてもいいがBlogでは×」と言っているケースでも個人Blogで記事を公表していいのではないかと考えられるでしょうし、逆に前記の条件を満たしていないケースでは、極力被取材者の意向に沿う形で記事を公開すべき、と考えるのが基本になるのかなぁ、と思います。
ただこの前提に立ったとき、問題なのは「実際の取材現場で、被取材者にいちいち『何らかの理由で紙面に載らなかった場合、Blogで取材内容を公開しても良いか』と確認することは難しい」という点でしょうね。
何しろ取材する側の記者としては、通常は紙面に載せるつもりで取材を行っているわけですから、その際に被取材者に「個人Blogにこのことを書いていいか」と聞くのは、逆に自分の勤務先や契約先から職務規定違反(副業禁止など)に問われる可能性もありますし。また個別取材ならともかく、記者会見や講演等の取材の場合には、そもそもそんなことを被取材者に確認すること自体が困難だったりしますから。
私が実際現場で見てきた感じでは、このあたりは今のところ「文章で書かれる分にはまあ許容できるが、写真等を掲載する場合は肖像権等の問題が伴うので、多くの場合事前の許可が必要」という運用を取っているケースが多いようですが。
いずれにしてもこのあたりのルールは、これまではマスコミ関係者だけが意識していればよかったものが、Internetの普及によってネット上で文章を公開する人全般が意識しなければならなくなったという風に変化してきていますし。
一方で一日100PVにも満たないサイト(ここのBlogもそうだったりします)と、一日10万PVを超えるようなサイトを同じ基準で縛るのはどうか、という議論も当然あったりしますんで、このあたりの問題に関する社会的コンセンサスを作るのにももうしばらく時間を要するでしょうねぇ。難しい問題です。
※追記:一部接続詞等が重複している部分があったので修正しました。