アスキーのBSD Magazineが現在実施中のアンケートがBSD界隈でどうも話題らすぃ。Slashdotとかでも話題になってたし。どうも「このアンケートの結果次第ではホントに潰れます」ってことみたいなんだけど。
まあBSD Magazineには頑張って欲しいとは思うけど、一方でそろそろBSDというプラットフォーム自体が寿命なのかなぁ、なんてことも思ってみたり。
正直なところ、やっぱBSDの世界って時間が止まってますよ。こないだのN+Iの時も、取材の帰りにちょこっとだけBSD BOF覗いてみましたけど、去年までなら満席で立ち見がいっぱい出るくらいだったBOFが、今年は結構空席が目立ってましたし。やってるネタも「もうそろそろXCASTはいいんじゃないの?」ってな感じであまり代わり映えしなかったし。
たまにBUGのオフとか行ったりしても、最年少が私だったりするケースが少なくないあたりを見ても、BSDの世界に新規参入してくる若者が少ないのは明らかだし、そのあたりの影響がここに来てボディーブローのように効いてきてますよねぇ。
思えば3年前のJNUG総会をFreeBSD Pressの記者として取材に行ったとき、BSD Magazineの鈴木編集長が「NetBSDのインストール本作りたいんですけど…」と言ってライター探ししようとしたのに対し、参加者の多くが「NetBSDを使おうというような人間にはそもそもインストール本は必要ない」といって結局その企画がぽしゃったあたりから、この兆しはあったのかなぁ、と。
やっぱり初心者を引きずり込むのにインストール本の影響って少なくないと思うですよ。私だってFreeBSD最初に始めた時は秀和のFreeBSD(98)本(バージョンは2.1.5あたりだったかなぁ?)買ってきて、バイト先で廃棄処分になりかけてたのをもらってきたPC-98RLにインストールしたわけだし。
実際初心者の相手って面倒だし「それぐらいMLの過去ログ読め」って言いたくなることも少なくないけど、それをやらないと結局はこうやって衰退の道たどるわけで。
まあ私はBSDに関してはただの一ユーザであって、最近は何もBSDに対する貢献してないのででかい口叩ける立場にはないですけど、OSとしてBSDを生き残らせようと思ったら相当思い切った手を打たないと厳しいんじゃないかなぁ、と思ってます。例えば思い切ってXを完全に取っ払って、サーバ用途に開発リソースを特化するとか。
ただオープンソースプロジェクトである以上、「あくまで開発者のボランティアが頼みである関係で、誰かが開発リソースをコントロールすることが難しい」という問題点は避けられないわけで、これも難しいのかなぁ。なかなか悩ましいところです。