光市母子殺害事件で被告に死刑判決が下った件で、被害者遺族の本村さんの記者会見での発言内容が2ちゃんとかで賞賛されてるみたいですが(ソースは
痛いニュース)、元法学部生としては微妙な感情。
本村さんの発言内容も一般市民の感覚としてはある意味当然っちゃ当然なんだけど、なんせ東大法学部ってところは、最初に「司法の世界で生きていくのであれば、まず世間の『常識』というものは全て捨てろ」と教え込まれるところですからねぇ(ただし私がいた1993~1996年頃の話なので、今はどうか知らん)。この言葉の意味は「法律家として司法業務に関わる以上、法律と過去の判例を元に公平な判断を下すべきで、それ以外の余計な感情に捉われてはいけない」「世間の『常識』なんて曖昧なものを判断基準にするなんてもってのほか」ということなんですが。本村さんの言葉を借りれば「『世情に合った判決』なんてことを考えること自体が、司法業務に携わる人間としてあってはならないこと」とでも言えばいいでしょうか。
実際裁判官の方々が抱えている案件数とかを考えると、個別案件ごとに状況を精査して…なんてことをやってたんではとても仕事が回らないわけで、ある程度機械的に判決を出していくしかない部分がありますし、あんまり他の裁判所と異なる量刑を認めると、今度は量刑不当ってことで控訴・上告されて、大抵は結局一般的なレベルの刑に落ち着いてしまいますし。(とはいえ、今回みたいに例外もあるにはある)
今回の場合も最高裁が口頭弁論を開いて判例変更を決めるまでは、下級審は動くに動けない状態だったと思いますからねぇ。個人的にはこういうときは控訴だけでなく跳躍上告を認めて、さっさと最高裁に判例変更が必要かどうかを判断してもらう選択肢を設けてもいいんじゃないかと思いますが。